雨の降る世界で私が愛したのは


 すぐに中にいたスタッフは顔をあげる。

 以前ハルの移動計画の説明をした時に一凛に声をかけてきた若い女性スタッフだった。

 彼女は驚いた顔をして一凛をじっと見たが、すぐに目をそらした。

 一凛はもう一度窓ガラスを叩く。

 彼女は何も聞こえないかのように黙々と壁をこすり水を流す。

 一凛は苛立った。

 一体どういうことなのだ。

 ハルの移動を手伝ってくれと頼んできたのは動物園側ではないか。

 自分はしぶしぶ承諾したのだ。

 それをゴリラの檻で重大な何かが起こったというのに、この対応はあんまりだ。

 一凛は立ち去ることもできず、スタッフの女性を睨みつけるようにして窓ガラスに顔を押し付けた。

 ふいに目の前に黒い影が現れ驚いてガラスから離れる。

 一頭のメスのゴリラだった。

 ゴリラは何か訴えるような眼差しを一凛に送ってくる。

「ねえ、何があったの?」

 


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