雨の降る世界で私が愛したのは


 一凛は自分と比べるとお洒落には無頓着な方だったが、それでもいつもそれなりの格好はしていた。

 よく見ると指先はネイルどころか子どものように短く切られ荒れていた。

 店員がオーダーを取りにきても「わたしは水で」と一凛は首を振る。

 なぜそこまでしてハルを?ハルはゴリラではないか。

 さっき追いやった想像がほのかを捕らえようとやってくる。

 ハルの下の一凛の姿がなぜか自分の姿になる。

 胃から酸っぱいものがこみ上げてきて喉を焼いた。

「分かった」

 ほのかは短く言った。

 一凛のすがるような目が大きく見開かれる。

「でもわざわざイギリスに行かなくてもメールとか電話でどうにかならないの?」

 こういう時は会って話すのが一番だと言う意見にほのかは納得した。

 会って話さずに何事も済まされるような時代だからこそ、遠く離れた日本からわざわざ一凛がやって来たという事実は相手にどんな言葉を並べるよりも強いインパクトを与えることができるだろう。


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