雨の降る世界で私が愛したのは
雨のジャングル
一凛は生い茂る深い緑の中にいた。
湿度百パーセントの空気は色んな香りが混ざり合ってまったりと甘い。
腕の中の赤ん坊は大人しく寝息を立てている。
何度か大きな音がしたり激しく体が揺さぶられるようなことがあったが大泣きすることもなくここまで来た。
さすが逞しい我が子だと一凛は頬を緩ませる。
我が子の顔を見ている間だけは不安を忘れられる。
それと。
ふわりと後ろから一凛は包まれる。
ハルにこうやって触れている時も同じだった。
その横で伊吹が額にかかる汗を拭った。
生贄に差し出されたのはトンゴだった。
儀式用の檻の中でトンゴはすでに生き絶えていた。
老衰だった。
体を丸めたトンゴをハルだと気づく者はいない。
儀式が取り行われているその同じ日に、一凛と伊吹、そしてハルは日本を離れた。
ハルの輸送を不審に思う人はいなかった。
伊吹の「うちの動物園の動物です」の一言でみな用意された書類を一瞥するとたんとハンを押した。
その軽やかな音はハルを自由へと後押ししているようだった。