雨の降る世界で私が愛したのは
 

 ゴリラは黒い指を器用に使いページをめくる。

 一凛は息を呑んでその様子を見つめた。

 まるで文字を読んでいるかのようにゴリラは視線を落としたまま動かない。

 しばらくして次のページをめくり、また動かなくなる。

 一凛が信じられない思いでゴリラの黒い瞳をのぞき込むと、微かに瞳の奥が動いている。

「まさか文字が読めるの?」

 そんなはずはないと思いながらも、恐る恐る一凛は訊ねる。

 おもむろにゴリラは顔をあげ一凛の方を見ると本をぱたんと閉じた。

 そして本を掴んだ手を檻の外に伸ばす。

 一凛が手を伸ばせばすぐに届くところに本はあった。

 でもその距離はゴリラが一凛の腕を掴める距離でもあった。

『簡単に腕折られるぞ』

 さっき依吹の言った言葉が頭をよぎる。

 一凛は両手を自分の胸の前で握りしめたまま動けないでいた。

 そのときだった。



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