雨の降る世界で私が愛したのは
「大丈夫」
ゴリラがしゃべった。
「怖くないから」
その声は低い弦楽器のような艶のある静かな声だった。
一凛はその声に吸い寄せられるようにして腕を伸ばした。
一凛が本を受け取るとゴリラはゆっくりと背を向け檻の奥へ行ってしまった。
「ねえ、あなたやっぱりしゃべれるのね。どうして今までずっとしゃべれないふりをしてたの?」
一凛の声がゴリラを追いかける。
ゴリラは無反応だった。
「本持ってきてあげる。この本は図書室で借りたやつだからあげれないけど、明日あげれるやつ持ってきてあげる」
一凛にはゴリラが本を欲しがっているように思えた。
気づくと閉園十分前になっていた。
「明日必ず持ってくるね」
一凛は檻の奥にそう声をかけその場を離れた。
正面門に向かう中、なぜだか一凛の心はほんわりと温かかった。
いつまでも耳元にまとわりつくようにゴリラの低い声が響く。
それはとても心地良くいつまでも聞いていたい声だった。