雨の降る世界で私が愛したのは
ゴリラの黒い瞳を見つめて一凛はすぐに自分の過ちに気づいた。
そしてそれと同時に今の何気ない会話が彼の知能の高さを証明していた。
彼に絵本なんて簡単すぎたのだ。
それなのに一凛を気遣い優しい嘘をついたのだ。
毛の薄い彼の腹部に目をやる。
撃たれたのは本当に逃げ後れたからだろうか。
理由も確信も何もないが一凛は彼は他のゴリラを庇って撃たれたのではないかと思った。
「ねえ、あなたの名前を教えて」
「知らなくていい」
彼は静かに言った。
「どうして?」
「情がうつるからだよ」
一凛の心臓が高鳴る。
ゴリラやチンパンジーと今まで会話をしたことはあるが、彼は明らかに他とは違った。
「睦雄と呼んでくれればいい」
「いやそんな殺人鬼の名前。あなたはとっても優しいのに」
彼が一凛の言葉を遮った。
「もうここには来ない方がいい」
そう言うと一凛に背を向けゆっくりと檻の奥に行ってしまった。