雨の降る世界で私が愛したのは


 依吹のお姉さんは一凛の視線に気づき、ああこれはね、と言った。

「死んだお父さんの傘なの。こうやってるとなんだかお父さんがまだわたしのことを守ってくれてるような気がして」

 伊吹のお姉さんの目が一瞬潤んだように見えた。

「伊吹はあんなでしょ」

 お姉さんは寂しそうにした。

 伊吹は普段から愛想はないが、特にお姉さんと話す時はいつもよりもぶっきらぼうで素っ気ないように見えた。

 年頃の男の子が家族と接する時によくすることだとしても、伊吹の態度はそれとは少し違っていた。

 それはとても冷ややかだった。

 伊吹の仏頂面の仮面の下には優しく思いやりのある本当の顔が隠れているのを一凛は知っている。

 それだけにただ一人の肉親であるお姉さんに冷たく当たる伊吹の行動が例の噂を肯定しているように思えた。

 でも、伊吹だったら逆にお姉さんをいたわってもいいはずなのにとも思う。

 それともそれが本当の伊吹なのだろうか?


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