雨の降る世界で私が愛したのは
小さなタバコ屋の前にくると依吹のお姉さんは「わたしはここで、一凛ちゃん伊吹と仲良くしてあげてね、じゃあね」と小さく手を振った。
一凛は手を振り返しながら、思わず呼び止める。
「依吹のお姉さん!」
依吹のお姉さんは振りかえるとわずかに首をかしげる。
「なぁに?」
「い、いえ」
一凛が黙っていると依吹のお姉さんは「またね」と行ってしまった。
噂は噂だ。
真実を知ったところでだからどうするというのだ。
そもそもそんな昔の噂をいつまでも気すること自体が噂の中身よりも下世話ではないか。
それもあんな哀しい話。
伊吹のお姉さんと別れて一人で歩いていると薄暗い道に街灯がついて明るくなる。
立ち並ぶ家から夕飯の支度の匂いが漂ってきた。
一凛はなんだか心細くなり家へと走った。