雨の降る世界で私が愛したのは
一年は瞬く間に過ぎた。
日本を離れる前日に依吹から電話がかかってきた。
話をするのは藤棚の下以来だった。
いつもの依吹だった。
依吹はあのキスのことなど忘れてしまったのかも知れない。
『じゃあ元気で頑張れよ、またな』
依吹は軽く言った。
「うん、電話ありがと。依吹も元気でね」
依吹はしばらく沈黙すると静かに言った。
『ハルに何かあったらすぐ連絡するからさ、心配すんな』
ハル。
自分以外の声で呼ばれたその名前に心臓が早くなる。
一年間なるべく考えないようにしながら、ひとときも忘れることはなかった。
黙りこむ一凛に伊吹もそのまま電話を切らずにいる。
電話の向こうに依吹の呼吸が聞こえた。
「ありがとう依吹」
『ああ』
電話を切ると一凛はベッドに突っ伏した。
声を殺して震える胸を掻きむしるように体を丸めた。