鬼部長に溺愛されてます

◇◇◇

早苗さんのお店が私の住むマンションからほど近いところにあることが判明したのは、『送る』と言ってくれた桐島部長におおまかな住所を告げたときだった。
最寄り駅を挟んだ反対側だと私が気づかなかったのは、まだ越したばかりだったためだ。

タクシーを使うまでもないと、部長と店を出て並んで歩く。
三月上旬とはいえ、春はもう少し先。数日前にも雪が降ったばかりだ。
冷え込んだ夜の空気に白い息をにじませながら、私たちは会話もないままただ歩いた。

寒いはずなのに、私の心はどこかポカポカしている。それは、思いがけず持てた彼との時間と、垣間見えた彼の素顔のせいだろう。
私のマンションがもう少し遠かったらよかったのに。
そう願おうが、無情にも到着してしまった。


「桐島部長、ここなんです」


指を差しながら、五階建てのベージュのマンションの前で立ち止まる。


「今日は本当に助かったよ。ありがとう」


部長はわずかに微笑んだ。

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