【短編】 桜の咲く、あの日に
   * * *



 サキと樹の出会い。


 それは、ただの偶然であり、素晴らしい運命でした——



   * * *



 ここは公園。


 周りは田圃。


 そして目の前には、誇らしく花を咲かす桜の木。



「…ねぇ」



 風に紛れて聞こえにくいけれど、小さく声がした。



 小学校中学年くらいだろうか。


 年の近そうな少女と少年が、桜の前に並んでいる。



 男の子が、話しかけている。



「1人?」



 こくりと頷いた、緩い2つ結びの少女。


答える。



「僕も1人」



 彼の名は、樹(たつき)。


 髪には、1枚桜の花びらが乗っていた。



「桜、見に来たの?」



 樹が、女の子を真っすぐ見つめ、口を開いた。


 彼の問いに、サキは同じように頷く。



 そして、また樹が問う。



「名前は?」

「…サキ」



 サキ、と名乗った彼女は、樹と対照的な小さい声で答えた。


 透き通った綺麗な声で。



 けれど、樹からの反応がない。


 車の通る音に紛れて、聞こえなかったのだろうか。


 首を傾けたままサキを見つめている。



「桜、綺麗だね」



サキは続けて言った。


 名前を言い直すことはなかったから、聞こえないことに気付いていないかもしれない。


 けれど風音も静まり、今度はしっかり樹に届いた。



「だよね! 僕も毎年見にくるんだぁ」

「えっいーなっ。サキはこの桜初めて」 



 ふふっと笑う。


 2人とも、頬を桜色に染めて言った。



 樹は女の子の名を知り、サキ、と呟く。


 自分にも聞こえない声でだけれど。



「サキは、この近所?」



 錆びかけのブランコへ歩みながら、樹が言った。


 サキも続いて、きぃきぃと古びた音を鳴らす。



 遠くを見て答えた。



「ううん、もっと遠く。あっちの方」

「えっ、1人で来たの?」

「お母さんと2人だよ。お母さんは今仕事だから、桜、見に行っていいよって」



 そういって、サキはふわっと笑った。



「サキ、何年生?」

「4年生」

「あっ僕も4年生だから、同い年だっ」



 4本の指で示し、にぃっと目が細めた。



 2人の話し声と笑い声が、少しずつ空に届いてくる。


 大きな声ではないものの、桜の見守る場所で、適度な温度の会話が心地よい。



 ベンチすらない小規模公園で、2人は話をする。


 背も小さく、顔も幼い2人は、まだ大人の世界を知らない。


 これから知っていく、未来がある。



 ただ話して、ただ笑う。


 それだけのことに価値を見出して、楽しんでいる。




 突如、鐘が鳴った。


 見知らぬ音に、サキが肩を震わせる。



「わっ4時だ。サキ帰らなきゃなんだ」

「えっ、そうなの?」

「うん。お母さんの仕事が終わるから」



 サキが、ぴょんとブランコから降りた。


 公園にある無駄に大きい時計の針が、午後の4時を指している。



「ホントだ、4時。僕もかえろう」


 サキよりも元気に、飛び降りる。



 ブランコの席が空白になった。



 公園の出口へ。



 細すぎず広すぎずな入り口で、ポイ捨て禁止の看板が立ててある。



「またね」



 声を合わせて言って笑って、手を振った。


 別れだ。


お互い反対の方向に帰ろうとしたけれど、何か、重たいものが、後ろ髪を引いて。


入り口から、離れられない。



「ねぇ、サキ」


 樹が言った。



「明日も、来れる?」

「…!」



 輝く音がした。眸から星屑が滴って、空へと昇っていく。



「うん! 来る!」



 サキが今日いちばんの笑顔と声で言った。


 ちゃんと、樹に伝わるように。



「また明日ね、サキ!」



 笑う。



 風が鳴った。


 柔らかく、暖かい風。



「またね、樹くん!」



 そう言って、サキと樹は反対方向に歩いて帰って行くのだった。







「…友達が、できた」



 2人は気付かぬうちに、独り言で、同じ言葉を発していた。


 背を向けながら。


 歩きながら。




 サキは樹の、樹はサキの、互いに最初の友達だったのだ。


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