メトロの中は、近過ぎです!
「…悪い…」

私の首に顔を埋めて彼がそう言うから

「いいよ。はると君なら……」

小さい声で答えた。

それが本心だった。

もっと本音を言うなら
もっと触ってほしい

彼の婚約者に対する遠慮とか、
シンさんに対する裏切りとか、
いろんなこと考えなきゃいけないんだろうけど、
この瞬間の私は、彼のことしか考えられなかった。


だけど……

彼は私の左頬に置いてた右手をすっと引くと拳を作って

「おまえを遊びで抱けない…」

そう言うと、勢いよく私の横に仰向けに転がった。

急に広がった視界には、灰色の天井が寒々と私を見下ろしている。

まるで私を責めるかのように……

「あの人に……あの人におまえのこと頼まれたのに、これじゃ、俺が一番危険人物だな」

自嘲気味に言う彼の声は掠れていた。
左腕でその顔を隠しているのも分かった。


私は彼に拒否されたんだ。


全身が震えそうになるのを必死で我慢した。

「水買ってくる。おまえはそのまま部屋に戻れ」

その言葉を残し、彼は素早く部屋から出ていくと、静か過ぎて涙が出た。

灰色の天井に映るのは愚かな私。
何をするつもりだったんだろう。

これまで築き上げてきたものなんて、どうでも良かった。
ただ大野さんに求められたかった。
この瞬間の彼が欲しかった。

ぶるっと身体が震えた。

なんてことを……

そのまま急いで隣の自分の部屋へ戻った。
仕事の資料もパソコンも置きっぱなしのまま、夢中で部屋に戻ると、声を殺して泣いた。

苦しくて、後悔して、そして彼の婚約者が羨ましくて……
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