妄想は甘くない
脳内に渦巻く耳障りな音を追い払えれば、現へ覚醒出来るだろうと、片隅に過ぎった気がした。
重い瞼をぐっと押し上げ、ふらふらと覚束無い頭を呼び覚ます。
隣に無防備ながら麗しい寝顔があって、目を見張った。
ひとり占め出来る今だけのひとときを終わらせたくなくて、暫し見とれる。
頬を撫でてみたかったけれど、起きてしまうかも知れない危機感から、側に寄せた指は触れられなかった。
怖気付いてこんな歳まで図らずも守ってしまった、重たい処女を貰ってくれた。
優しく丁寧に触れて、女としての幸せを与えてくれた。
王子様と結ばれるなんて、諦めていた夢が叶ったのだ。
これ以上望んだら、バチが当たる。
ベランダに続く窓の向こうの夜空が、今日は綺麗だ。
そっと下着を身に付け、ブラウスだけ肩に羽織ると、音を立てないようにガラスに掌を寄せた。
目に映り込むは、こんな日の心に沁み入るような、深い藍色に散った星屑。
好きとか付き合うとか、未来を約束するような言葉を、彼が言わなくて良かった。
わたしも、言わないつもりだったのだ。
嘘でも本当でも、聞きたくなかったから、止めたんだ。
時刻は23時40分。まだ終電に間に合う。
シンデレラの時間はお終いだ。
彼が起きないよう注意を払って衣服を着込み、魔法の掛かった部屋を後にした。
始まったなら、いつか必ず終わるから。
今なら良い想い出で終わらせることが出来るから、この一夜限りにする。