妄想は甘くない

妄想に甘やかされているだけの日々なら、傷付かないし現実みたいに痛くないと思っていた。
でも、違った。

現実は、妄想なんか目じゃないくらい切なくて、酷く、甘い。

たとえこのひとときだけでも、こんなに甘やかな体温を、吐息を、熱を、感じていられるなら──……


身体の中が苦しく、瞼の奥は朦朧として記憶が飛びそうでも、この瞬間を忘れたくないと彼の背中にきつく腕を回した。

「もっと……ぎゅってして……?」

衝動に駆り立てられ零れた言葉が、自分の口から飛び出したとは信じ難く、我ながら驚いた。
呆気に取られている間に、彼が大きな掌で背筋を抱いて応える。
耳元に感じた荒っぽい息遣いに、一層胸を熱くした。

次から次へと、心を溶かすようにやって来る情動が溢れてしまわないように、塞き止めたかった。
全て覚えていたいと、ところどころ遠のき掛ける意識をどうにか呼び戻し続けた。

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