妄想は甘くない

「……髪」
「え」

「なんでいつも、ひっつめてんの?」
「だって……広がるから」

「下してみてよ、今度」
「やだそんなの……」

目の前の細められた瞳は、何処かはにかんでいるように見えなくもない。
何だろう、何か……可愛らし……
綻ばせた顔が陽の光か何かのように眩く、見とれ掛けた瞬間に爆弾が投下された。

「ふーん……じゃ、宇佐美さんのエロ小説読まして」
「下してきます」

前言撤回。
そうだこうやって脅されてたんだったこの男に!

確かにわたしは『反省しないで下さい』と口に出してしまったが、先程のしおらしさは何処へやら、開き直ったかのようにしゃあしゃあと言いのけた。
そこまで翻さなくてもと、後悔しても時既に遅し。

食えない男は、唇を尖らせたわたしを吹き出すように笑った。
甘いマスクに似つかわしくない台詞を吐いた顔は爽やかに変化を遂げ、煌めく笑みを振り撒いて去って行った。
憤慨していた心は見事射抜かれてしまい、暫し立ち尽くしたまま後ろ姿をぼんやりと見送った。

< 63 / 134 >

この作品をシェア

pagetop