妄想は甘くない
「そろそろ、行きましょうか」
立ち上がった人の穏やかな表情に導かれるように連れ立って行くと、いつの間に会計を済ませたのか、受付カウンターを素通りして歩を進めた。
ホストが深々と頭を下げ見送られる中、玄関を潜るものの気が引けて前を行く彼を止める。
「あの、やっぱりご馳走になるわけには」
「えぇ~? しつこいなぁ。言うこと聞いて下さいよ」
最近の“言うこと聞いて”は、まったくわたしの損にならないものばかりだ。
振り返り間近に寄せた眼差しが、鋭く光った気がして一歩後退さった。
「……そんなに言うなら、こうしましょう。茉莉さんを頂く代わりにってのは、どうです?」
「──えっ……」
「今日は金曜だから。家に帰る必要もない」
「…………」
薄く笑って提示された交換条件に驚いて目を見開きはしたが、抗う言葉は声にならない。
まさか言われている意味が解らない程の乙女でもなく、途端高ぶり始めた自らの心にも感付いていた。
「……いや、否定してよ。その気になるよ、まじで」
細められた瞳には僅かに焦りの色が見え、そんな仕草にも煽られてしまう。
「……良いよ……」