鬼の生き様


 尊皇攘夷論は伊東道場でも平助がいる時から熱く語られていた。
伊東は国事に関して篤い男である。
真っ先に参加したかったに違いないだろう、と平助は思っていた。

「世の中の風向きというのは上方(かみがた)と江戸ではまるで違う。
京の情勢というのは私も非常に気になっているところだ。
万に一つ、天下国家の為に一働き出来る時が来たのならば、その時こそ改めて道場を閉める覚悟で門人を引き連れ、満場一致で尊皇攘夷の為に働きたい」

「僕も伊東先生が居てくれれば百人力です」

「お世辞を言うのが上手くなったな。
…その為には藤堂くん、京での様子を逐一連絡して頂きたい」

「はい!」

神道無念流を学び、北辰一刀流免許皆伝、頭脳明晰。
まさに文武両道の人物である。

伊東大蔵、恩師であるこの人が仲間になれば、どれほど心強いのだろうか、平助はそう思っていた。
平助は伊東とのまたの再会を約束して、伊東道場を出た。

 平助の立ち去った後の、伊東道場には不穏な空気が流れていた。

「加納くん。
藤堂にいくら包んだ?」

目の前に居なければ、くん付けを止める。
伊東大蔵には裏の顔と表の顔がある。
その事を知っているのは、加納道之助と伊東の弟の鈴木三樹三郎(みきさぶろう)ぐらいだろう。

「五両です」

「多い。半分でよかった」

加納は時折、この男に恐怖を抱く。
まだ加納も知らない別の顔が伊東にはあり、その別の顔は、きっと何か良からぬ事を考えているのではないか。

「これで浪士組との繋がりが出来た。
歴史の表舞台に立つのは、地盤が固まってからの方が良いという事を覚えておきなさい」

「…はい」

「それにしても清河八郎という男は、虎尾(こび)の会を結成して、勤皇の精神があるとみえるが、きっとこれは裏があるぞ。
そんな事も見抜けぬ幕府も幕府。
試衛館の近藤という男も愚の骨頂」

伊東の不気味な微笑みがさらに加納を凍らせた。
(それを言うならば、私もそうだが伊東先生も勤皇だ)
しかし、そうは言えずに伊東の微笑みに自分もならい共に笑うしかなかった。

< 125 / 287 >

この作品をシェア

pagetop