鬼の生き様


日野宿、佐藤彦五郎邸。

「そうけ、ようやくお前も念願な武士じゃねえか」

 佐藤彦五郎は歓喜していた。
ずっと夢見ていた歳三の武士姿。
歳三は照れ臭そうに笑った。
切り石で怪我をして、額に傷が残っている彦吉は歳三の膝の上に座っている。

「将軍警固か、いよいよだな。
血の雨が降り注ぐ京の都で近藤さんの剣が役に立ち、お前の知恵が役に立つ」

為次郎も感慨深くそう言うと、一冊の本を取り出した。

「これは持っていくのか?」

為次郎はニヤリと笑った、それに対して彦五郎も笑いを堪えている。
表紙には何も書かれていない。

「〝梅の花、一輪咲いても、梅は梅〟
良い詩を書くなぁ、トシ」

為次郎はそう言うと、たちまち歳三の顔は赤く染まった。

「読んだのか!」

「俺ァ、〝うぐいすや、はたきの音も、ついやめる〟が好きだけどな」

彦五郎はそう言いガハハと声を立てて笑った。
歳三は咄嗟にその白い本を取り上げた。
紛れもなく歳三の詠んだ句集である。

為次郎も短歌を詠んだりしているが、歳三の句はお世辞にも上手いとは言えなかった。

「京の都で出会った素晴らしい情景というのも、手紙で送ってくれや」

彦五郎は完全に歳三をからかいながらそう言うが、歳三は羞恥から血が頬に上ってくるのを感じていた。

部屋に篭り、編纂(へんさん)された句集に歳三は名前をつけた。

『豊玉発句集(ほうぎょくほっくしゅう)』

〝差し向かう 心は清き 水鏡〟

共に心を合わせた朋友と、志を貫くために歳三は京へ行く。

上洛の覚悟。
武士として生きる覚悟。

歳三の関係者は何も言う事はなかった。
天下に名を轟かせる事を為次郎も、彦五郎も、トクも望んでいた。

なにより、喜六も喜んでいるに違いない。



いざ参る、京!


< 135 / 287 >

この作品をシェア

pagetop