鬼の生き様


「良い詩が出来たのです」

清河は登城前の泥舟にそう言う。

「珍しい事を言うなァ」

「いいのができたんです。
三本、無地の扇子をくれませんか」

清河は泥舟の妻、お澪から無地の扇子を受け取ると一句ずつ歌を書いていく。

『魁がけて、またさきがけん、死出の山、まよいはせまじ、皇の道』

『砕けても、また砕けても寄る波は、岩角をしも、打ち砕くらむ』

『君はただ、尽しましませ、臣の道、妹は外なく、君を守らむ』

「まあ、なんだか辞世みたいですわねえ…」

お澪はそう言った。泥水もお澪の言う通りその歌を見て不吉な感じがした。

「妙な事を言いますな、これから日本の為に攘夷の先駆けになる覚悟を歌ったんですよ」

清河はそう言うが、いかんせん泥舟には時間がない。

「今日は家を出てはいけない。酒でも飲んでゆっくりと養生したほうがいい」

と清河に言い、お澪にもきつく言って登城して行ったのだが、清河は「約束は破ってはならないので」と言い残し、泥水の家を出ようとすると、馬喰町の旅籠屋からやって来た石坂周造と出会わせた。

石坂は清河に声をかけた。

「どこへ行かれるのですか?」

「約束があって金子のところへ行くんだ。
願い叶って金子もいよいよ同意しそうだ。
今日は必ず血判を押していただく」

「幕府の目が厳しくなっている。気をつけたまえ」

「人間の運は限りのあるものですぞ。
古今未曾有のこの激動の時代にはなおのことです。
いよいよ攘夷のために江戸に戻ってきましたが、太平の世が長く続きすぎたため存分に、というわけにはいかないかもしれませんが、ともかく徹底的に働くよう辛苦しております。
生きているうちはどうしても評価が定まらないものだが、棺桶に蓋をするときには、長年の赤心も天下に明瞭になることでしょう。
たとえどのような噂があろうとも、決してご心配しないでください」
                   
清河はそう言い残すと石坂とはそのまま別れ、金子与三郎の用意した駕籠に乗り込んだ。


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