鬼の生き様


 麻生一の橋、金子の長屋で清河は、しこたま酒をふるまわれたが、体調の優れない時の酒というのはよくまわる。

いい具合に酒がまわって外に出た時には、もう七ツ(17時)を少し過ぎていた。
昼からずっと飲んでいたので、足元がひょうひょうろうろうとして足もとが定まらないくらい酔っている。

(愉快な気分だ)

熱を帯びた顔を冷ますために右手に鉄扇を持ってゆったりゆったり麻生一の橋を渡っていくと、前から二人の武士が近寄ってきた。

「これはこれはお久しぶりです。
清河先生ではござりませぬか」

と声をかけられたのだが、声の主を見れば、佐々木只三郎と速見又四郎である。

「奇遇ですな、ご無沙汰しております。
佐々木さんと速見さんではありませんか」

清河は会釈をすると、佐々木は被っている陣笠を脱いで、深々と丁寧にお辞儀をした。
幕臣の佐々木が丁寧な挨拶を行うので、清河も恐縮して左手で陣笠を脱ごうと傘の紐に手をかけた。

その時に背後から四人が清河に斬りつけた。

あっと清河は、右手に鉄扇、左手に陣笠の紐で両手が使えなかった。
刀を抜くことはできず、二の太刀が振りかざされ前のめりに倒れて息絶えた。

江戸に帰って十八日目。
攘夷実行の二日前の出来事である。

文久三年(1863年)四月十三日。
清河八郎永眠、享年三十四歳。


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