鬼の生き様

 しかし華やかな経歴というのは人を変える。
名与力である内山彦次郎もまた、それらの功績を残すと、次第に天狗のように傲慢となり、評判は次第に落ちていっていた。

「何!?熊川熊次郎が斬られただと!」

報せを聞いた内山は、怒りで度を失い八角に削った樫の棒を力士達に手渡した。
内山の贔屓にしていた力士というのが、凶剣に斃れた熊川熊次郎であったのだ。

「おのれ許せん、江戸の田舎侍どもめ。
お主らの気持ちもこのままでは晴れんやろう、これで懲らしめてやりなさい」

八角棒を手に取り「浪人どもを打ち殺せ」と息巻いた力士達を見て、内山は制した。

「しかしながら、我等がお主らに力を貸したとなっては幕府への面目が立ちまへん」

内山はそう言うと、力士達は八角棒を内山から拝借したのは極秘ということに落ち着き、力士達は奉行所から出て行った。

 このとき、斎藤の腹痛を癒すために住吉楼にいた芹沢らは、表が騒がしいので何事かと思って二階から見下ろすと、三十人もの力士たちが詰め掛けているではないか。

そして口々に「浪人どもを引きずり出せ!有無を言うならこの楼もろともに叩き壊すぞ!」と罵声を浴びせた。

「近藤さんがいない時に…」

山南は悲痛の思いで、外の様子を伺っていた。
斎藤も自分が腹痛になんてならなければ、このような事態にはならなかったと、自責の念に駆られた。

しかし芹沢は酒を呑んで気分が大きくなり

「あの力士どもめ…。
武士に対してまたまた無礼をいたすか!
このまま引き取らぬにおいては斬り捨てる!」

と言い返し、二階の窓から地上へ飛び降りた。

こうなってしまったら、もう戦う事を避ける事は出来ない。
楼上の総司、永倉、山南らも同じく飛び降り、いっせいに腰の刀を抜き去った。

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