鬼の生き様

 一件落着かと思いきや、難癖をつけられたに等しい見世物小屋側の香具師(やし)たちの気は治まらなかった。

せっかくの見世物小屋に味噌をつけられてしまったのである。
芹沢らを六人取り囲み、抗議したのだが、そのような抗議を受け、芹沢が反省するはずもなく、虎を前にし恥をかいた芹沢はギロリと香具師を睨みつけた。

 芹沢は、今度は平山に「あのオウムとかいう気色の悪い鳥に水ぶっ掛けて洗ってみろ」と言い出したのである。

水など掛けられたら鳥が死んでしまうかもしれない。
香具師達は慌てたが、芹沢の戦いを挑んでひけはとらないぞというようなぎらぎらした目は言わずしても、きっとやりかねないと香具師は思った。

(偉いこっちゃ)

芹沢の命を受けた平山はしたり顔で、佐伯又三郎に「手水舎で水を汲んでこい」と言うと、佐伯も御意と言い境内の右奥へと向かう。
平間重助と野口健司は険悪な表情を浮かべている。芹沢の乱暴狼藉には加担はするのだが、常識人でもある二人は乗り気ではない。

「芹沢先生、いささかやりすぎなのでは」

そう言ったのは佐々木愛次郎であった。
なにぃ?と芹沢は愛次郎を睨みつけるが、愛次郎は言葉を訂正しようとはしなかった。

「せっかく芹沢先生に因幡薬師まで連れてきて頂いたのに、素敵な思い出が喧嘩に変わってしまったとなれば、私は悲しいのです」

今にも泣き出しそうな表情を愛次郎は浮かべた。
まるで女子のように色白で華奢な愛次郎は、長い睫毛を伏せると、人の心をうたずに置かない美しさを芹沢は感じ取った。
どうも女子の涙に弱い芹沢だが、吸い込まれてしまうほど可愛らしい愛次郎のその表情もそれに通ずるものあった。

佐伯が水を持ってくると、芹沢はなんだか馬鹿馬鹿しくなってしまい「もうよい」と戦意喪失といった表情で言った。

必死に芹沢を取り成し、場を納めてくれたのは愛次郎だったのである。
おかげで鳥たちは助かり、香具師達の見世物小屋も無事に済んだのである。

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