鬼の生き様

 八月二日の深夜の事である。
あぐりは二条にある八百屋の娘で、愛次郎と佐伯はあぐりを呼び、芹沢があぐりを自分の女にすると言い張っている旨を話した。

「嫌や、うちは愛次郎はん以外は考えられん」

「分かっとる。せやから一緒に逃げよう」

愛次郎とあぐりは抱きしめあった。
佐伯はそんな二人の様子を見て、
「急がんといつ気付かれて追手が来るか分からへんで」
と急かした。事は急を要するのだ。

 千本朱雀に差し掛かると藪の中へと入った。
「ここなら安心や、芹沢先生や新見先生も藪の中までは追ってこんやろ」
佐伯はそう言い、竹水筒を取り出し水を飲んだ。

「佐伯はん、ほんまにおおきに」

愛次郎はそう言い佐伯に頭を下げた。

「お前さんも、あぐりちゃんなんて絶世の美女と恋仲になったのが運の尽きや」

佐伯の言葉に愛次郎は顔を赤らめた。

「芹沢先生やない、妾にしたいんはわての方やで。
一度でええから、あぐりちゃんの肌を感じてみたいもんや」

佐伯はそう言い、剽軽に笑った。

「まったくえらい冗談を言いはる」

「冗談やないで」

そう言う佐伯の顔は、やはり月明かりに照らされ不気味に見えた。
愛次郎は気持ち悪く思ったが、その刹那、佐伯は鞘を払い愛次郎を斬り倒した。

「…え?」

その場で血煙をあげ、斃れる愛次郎。
愛次郎の息はかすかにあったが、佐伯は何度も愛次郎を斬り全身に十二箇所、頭部に二箇所の太刀傷が出来た。
とても下手人は一人だとは思えないような有様である。

目の前の惨憺たる光景にあぐりは何も言葉を発することが出来ずに腰を抜かした。

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