鬼の生き様

 それとは対照的に歳三は冷ややかな、意地の悪い笑みを浮かべていた。

「俺の娘を傷物にされちまったんだ!
親が出ねえ道理がねえ」

東一郎はそう言うと、再び歳三を殴りかかろうと手を振りかざした。

「番頭さん、それではあの日の出来事を洗いざらい佐江殿にはもちろん、主人や女将さん、そしてあなたの奥方様及び、私の家の者にお伝え致します。
御異存あるまいな?」

東一郎はその言葉にハッと我に返り手を止めた。


「一度吐いた唾は飲み込めないんですよ。
若気の至りか、立場を利用しての男色か、世間はどちらを赦しますかね」


 耳元でそっと囁くと、東一郎は戦意喪失、胸の奥がどんどん冷えていき、悔しそうな顔を浮かべ舌打ちを残し部屋から出ていった。

「俺は明朝、ここを発つ。
世話になったな佐江殿」

 歳三は着物を着直し、そう佐江に告げると歳三の袂を掴んだ。


「お待ちください、ここを発つというのなら、私もご一緒させてください」


「それは出来ない相談だ」


 佐江は歳三に惚れていた。
心の底で密かに愛慕を寄せ、ひたすら思慕の情が高じていったのだ。


「佐江殿、お前さんには良き父上様がいるじゃねえか。
俺みたいな百姓の倅よりも、名実共に良い男はいるんだぜ。
幸せになれよ」


 歳三はそう言い、佐江を抱き締めた。
その時間は甘く長い二人だけを包む時間であった。

歳三もまた、佐江を愛おしく想っていた。

歳三と佐江の儚く若すぎる恋は、幕を閉じたのである。

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