鬼の生き様


 一度吐いた唾は飲み込めない。
このまま少年を返してしまえば、門人の言う通り恥晒しとなってしまう。


「むぅ、もう引けん!
これ以上、子供になめられたら面目が立たん!」


 篠原は少年と対峙をした。
門人達は男を取り囲んだ。

(これが侍のする事か!)

今まで黙って見ていた歳三は、怒りが激しい波のように全身に広がっていた。

薬箱のつづらから竹刀を引き抜き、少年に駆け寄った。

「助太刀いたす」

歳三は少年にボソリと言った。
「かたじけない」少年の低い声に歳三は頷いた。


「薬屋ァ、貴様はどちらの味方だ!
怪我をしたくなければ、引っ込んでおれ」


「そうだそうだ!売り物を自分の為に使う羽目になるぞ!」

「関係ねえ奴は引っ込んでいろ」


門人達は歳三に向けてそう言ったが、歳三の燃え上がるような怒りは収まることを知らなかった。


「お前らみたいに腐った武士共を見てると、俺まで腐っちまう気がしてな。
俺の武士道という信念の為に、関係をもっちまったんだよ!
子供相手に袋叩きにしよう、ってか!
それが武士のする事か馬鹿野郎!」


歳三はそう怒鳴り散らすと、門人達に斬り込んだ。
それを皮切りに大勢の人波が二人の男を標的に攻め込んできた。
生きるか死ぬか、食うか食われるかの修羅場に歳三と少年は痣を作りながら、一人一人やつけていく。

(あのガキも強いが、薬屋もみるみる腕をあげているんだ。
多勢に無勢だが、この戦いはどちらに軍配が上がるか分からん)

篠原は倒されていく門人達を見ながら、まるで鬼神を見ているかのような激しい恐怖に駆られた。

 歳三の喧嘩剣術は、実戦向きであった。
少年は完全に疲弊していたのを見て、離れ離れにならないように背中を付けあった。

「クソ、キリがねえな」

歳三は倒しては起き上がる門人達を見て、すーっと神経が凝結したような気味悪さを感じた。

「真剣ならこいつらなんて…」

少年も諦め顔でそう言った。


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