鬼の生き様
━━江戸戸塚村・月廼屋(つきのや)
土方為次郎は俳句や浄瑠璃(じょうるり)を嗜む風流人である。
目が見えないながらも、為次郎には天性の才で上手かった。
歳三もその兄の影響を受けてか、俳句を嗜んだりもするが、それは雲泥の差ともいえた。
内藤新宿からほど近い戸塚村の三味線屋、月廼屋は為次郎の馴染みの店である。
「あら、為次郎さん。
お身体の方はいかがですか?」
為次郎が行くと必ず体調を気遣ってくれる娘がいた。
「あぁ、その声はお琴さんかい。
調子は何も変わらずだよ、お琴さんは?」
私もですよ、と微笑むお琴の声は、まるで鈴の音のように綺麗な声をしていた。
「いつも思うのだがね、お琴さんの声を聞くと、常々目が見えない事を悔やんでしまう」
「あら相変わらずお上手。
でも、為次郎さん、知らない方が幸せともいいますよ」
そう言い笑い合う二人、お琴はこの店の看板娘だ。
なにより美人なだけでなく、調律をさせれば腕は良く、もちろん三味線を弾かせてもなかなかで、長唄なんかは名取になるほどの腕前である。
「先日ね、弟が通っているヤットォの道場の若先生が祝言を挙げたそうでね。
お琴さんには意中の人はいないのかい?」
「いえ私は…」
「そうか、ならよかった。
お琴さんに紹介したい男がいてね…。
末弟の歳三なんだが」
ここの所喜六の調子が優れない。
長男でありながら盲目で家督を継げずに生きてた為次郎は次男の喜六に気負いしている。
せめて何かをしてやりたい、親代わりとなって歳三の面倒を見てくれている喜六に、歳三の晴れ姿を見せてやることが、喜六に対するなによりの恩返しであろうと為次郎は考えていた。