Dear Hero
「…あれ?」

マンションに着いて玄関の鍵を差した依が首をかしげた。

「どうした?」
「鍵が…開いてるんです。前来た時はちゃんと閉めたのに…」
「樹さんとか?」
「うーん…最近来たとは聞いてないんですけど…」


急に緊張感が走る。


「空き巣…とかですかね…」
「俺、先に見てくるよ。お前はここで待ってて」


万が一に備え、玄関だけ閉まらないように外から依に開けててもらうようにして、静かに扉を開くとそっと足を踏み入れる。
この家では嗅いだ事のない、甘ったるい香りが鼻をかすめた。

玄関を見ると、高さ10cmはあるのではないかと思われる真っ赤なピンヒールが転がっていた。
もちろん、依が履くような靴じゃない。

音をたてないように靴を脱いで、ゆっくりと部屋の中を進む。
半開きになったリビングへの扉の中から、白い煙がゆらゆらと流れていた。



「……タバコ?」


背後でガシャンと扉の閉まる音が聞こえ、驚いて振り向くと依が玄関に転がるピンヒールを見つめ、立ちすくんでいた。


“危ないから外で待ってて”


そう言おうと口を開くのと同時に、依は履いていた靴を投げ散らかしリビングへと走った。
自分の家でも必ず靴を揃えて上がる依が。
俺の横をすり抜け、リビングのドアを勢いよく開く。



「………」


慌てて後を追いかける。
声もなく依が見つめる先には、ソファに座って煙草を吸う女性の姿があった。


締めきった部屋とはいえ、部屋が白むまでどれだけの煙草を吸っていたのだろう。
テーブルに乗りきらず、ラグの上にまで転がる空き缶。
全部お酒だった。
その空き缶を灰皿代わりに、煙草の灰を落としていた女性がこちらに気が付く。



「もしかして……依?」

名前を呼ばれて、口を震わせる依。





「………ママ…」
< 160 / 323 >

この作品をシェア

pagetop