Dear Hero
「……俺の事、怒ってる?」

依の前にしゃがむと、下から見上げるような形で声をかける。


「お前のいた店、オーナーが捕まったってニュースで見た。…俺に見つかったから、って思ってるかなって」

俯いたまま、目線は合わせてくれない。


「ごめん……。お前にとっちゃ迷惑かもしんないけど、でも…俺は依があんな所で働く姿は見たくない」

噛みしめるように、唇だけが動く。


「……来週、期末テストなんだけど」

あぁ。


「化学の範囲めちゃ広くってさ」

どうでもいい話。


「実験のレポート見ればわかるって言うんだけど」

さすがに俺も。


「俺、そのレポート捨てちゃったんだよな」

なんだか心が。


「どうしようかなぁって……」

折れそうだ。


「……なんか俺、何一人で話してんだろうな」

二人でいるのに。


「お前といるのに、ちっとも楽しくねぇ」

すっげー淋しい。


「ねぇ依…こっち見て」

びくっと小さく揺れる。


「依」

膝を立てて依の目線に近づくと、両手を顔に添える。
瞳が、大きく揺れた。


「二人でいる時くらい、俺の事見ろよ…」



伏せられた瞳を強く見据えると、観念したようにそっとこちらを向く。


「……へへっ。やっと見てくれた」


依の瞳に俺が映ったのがわかると、ほっとして笑みがこぼれてしまった。
それを見た途端、溢れ出る何かを堪えるように口をぎゅっと結ぶと、頬に触れている俺の両手をそっと離した。


「……依」
「もう………忘れてください」
「…え?」
「私の事は忘れてください」


もう一度、強く繰り返すと依は俺の肩を押して距離を取る。

—————拒絶。



心が、握り潰されたようだった。
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