Dear Hero
そっと手を離すと、一度ぎゅっと目を瞑り、力強く俺を見据えた。
先ほどまでとは違う雰囲気に、ドキッとする。


「ごめんね。ずっと避けたりなんかして。あまりにもびっくりしすぎて、どんな顔してテツくんに会えばいいのかわからなかったの」
「………」
「正直ね、テツくんからの告白は夢だったんじゃないかって思ったりもした」
「………」
「でも今日会って話して、テツくんはいっぱい気持ちをぶつけてくれた。自分でも気づかないようなところ、見てくれていたんだなって」
「………」
「私も、もっとテツくんの事知りたい」
「………っ」
「少し時間はかかるかもしれないけど、テツくんの事もっと知ってから返事したい。だから……それまで待っててもらえるかな」



人間、感情のゲージが限界を超えると、気が大きくなっちゃうのかな。


右手で支えていた自転車を手離し、紺野の両手を握った。
こうやってアドレナリンが出ている時じゃなきゃ、紺野に触れるなんてそんな事できないもん。
自転車の倒れる音がする。
いつだったかも、こんなシチュエーションがあったなぁなんて思い出した。


「………めちゃくちゃ嬉しい…」
「……っ」
「待つよ、待つに決まってる。もっと俺の事知って欲しい」
「………」
「正直、紺野が俺の事考えてくれてるってだけでもすっげぇ嬉しいのに、そんな事言われたら、俺、期待しちゃうからな」


それだけ言い切ると、ぱっと手を離して倒れた自転車を立て直す。
カゴから飛び出た紺野のカバンを見て息が止まりそうになりながら、思いっきり謝ってカバンを返した。


「ごめん、今日は帰る」
「う、うん……」
「これ以上紺野といたら、俺は嬉しすぎてパンクするから、落ち着くために帰る」
「…ふふっ。なにそれ」
「帰る前に一つ、俺の事を紺野に教えておく」
「……?」
「俺は、頭が悪い」
「……知ってる」
「特に、数学が苦手だ」
「………」
「今度、一緒に勉強しませんか」
「………それって、私がテツくんに教えろって事?」
「めちゃくちゃ悪い言い方をすると、そう言うかもしれない」
「ふはっ!なにそれ、素直じゃないなぁ」


呆れたような顔をしながらも、紺野はくすくすと笑う。
久しぶりの笑顔を見て、それだけで俺の心は射抜かれたように紺野に釘付けになってしまう。


「わかりました。今度教えてあげる」
「…っしゃぁ!!」

思わずガッツポーズをした俺を見て、カラカラと笑う。


浮かれた気持ちを繋ぎ止めるように、自転車のペダルを強く踏み込んでその場を後にした。




< 275 / 323 >

この作品をシェア

pagetop