Dear Hero
水族館を出ると、沈み始めた陽が影を長く伸ばしていた。
そういや昔、理科の先生が冬になるにつれて影が長くなる、なんて話してたな。

楽しい時間は、あっという間だ。


「紺野ん家は、門限とかあるの?」
「あるはあるけど……連絡したら大丈夫」
「つっても、そんなに遅くまではダメだろ。19時くらい?」
「22時」
「そりゃさすがに遅いだろ。20時?」
「21時」
「……紺野さぁ」
「………何?」
「そんなに俺と一緒にいたいの?」
「……っ」


冗談のつもりで言ったはずなのに、真っ赤な顔して「あの…えっと…そうじゃなくて…」なんてしどろもどろになる紺野見てたら、もう、自惚れなんかじゃない気がしてきた。
俺の心が、フライングで踊り始めてる。

浮足立つ心のダンスフロアに水をかけて勢いを止める。
まだわからん。まだ紺野は何も言っていないんだ。
今日だけの特別って可能性もある。
冷静になれ、哲平。


「……20時まで。それまでには家に送り届ける」
「………」
「だから、それまでは俺といてくれる?」


一度俺の目をチラリと見ると、目を伏せてゆっくりと頷く。
心の中でガッツポーズを決める。
再び鳴り出したダンスフロアのBGMは、慌ててかき消した。


「ちゃんと家には連絡しろよ」と言ったら、「はぁい」なんて気のない返事をしながら携帯を取り出す。
家での紺野ってこんな感じなのかな、なんて思った。


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