Dear Hero
大将や常連客たちに冷やかされながら店を出ると、腕時計の針が19時半を指していた。
そろそろ紺野の家に向かわなきゃ、20時になってしまう。


「帰ろっか」

少しだけ淋しそうな顔をすると、紺野は黙って俺と手を繋いだ。
今日会ったばかりの頃は、触れただけでも心臓が壊れてしまいそうだったのに。
今では、手を繋いでいる事が自然になっていた。
触れ合っている手が、心地いい。


昼間は温かな日差しで気持ちよかった気温も、夜になるとぐんと冷えてくる。
紺野の手が、さっきより冷たくなっている気がした。

「寒くない?」
「寒くない」
「本当に?」
「本当に」
「紺野」
「……」
「少しは素直になって」
「……ちょっと寒い」
「ごめん、気づくの遅くなって」


ショーの時と同じように、脱いだパーカーを紺野の肩にかける。
次の角を曲がれば、紺野の家まで一直線。
まだ、曲がりたくなかった。

パーカーの襟元を持って引き寄せれば、抱き締める事だってキスする事だってできる距離。
こんなに近い距離にいるのに、紺野は逃げようともしない。
それどころか……


「ねぇ紺野」
「………」
「今、自分がどんな顔してるかわかってる?」
「………」
「そんな顔されたら、俺、紺野を帰したくなくなる」
「………」
「それとも、いいの…?」
「………っ」


俺を見つめる瞳が、大きく揺れた。
耳元に沿ってくるんとした髪の間に指を差し込むと、びくりと小さく震える。

「……して、いいんだな」


ぎゅっと閉じられる目。
紺野の一挙一動に、何度も稲妻が身体を駆け抜けるみたいにビリッとした。
ゆっくりと顔を近づける。


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