Dear Hero
俺はマンションに引っ越したものの、今まで実家暮らしで家事なんてした事なくて、家の事なんて何もできなかった。
料理はもちろん、掃除洗濯だって。すべてが手探りだった。

義兄が振り込んでくれる生活費はあったけれど、それは依の為のものだから、俺自身の生活費は自分で稼ぐと決めていた。
大学の先輩のツテで紹介してもらった居酒屋のアルバイト。
大学が終わったらバイトの前にいったん帰宅して依の晩ご飯を用意する。
もちろん、俺は作れないからコンビニやスーパーの弁当ばっかりだった。
それから深夜までバイトをして帰宅すると、真っ暗な部屋で一人眠る依。
ちゃんと顔を合わせるのは朝だけだった。
家の事情を知っているバイト先の大将が、帰る時におばんざいを持たせてくれたのは本当に感謝している。
それと、当時付き合っていた彼女がたまに作りに来てくれる手料理が、俺たちの貴重なオアシスだった。


あれだけ啖呵切って引き取るなんて強がったけれど、実際には俺は何もしてやる事はできなくて、依は孤独なままだった。
本当にこれが正しい選択だったのか。
毎日毎日そればかり考えて、悩んで、苦しんでいた。


一緒に暮らし始めて最初の依の誕生日。
プレゼントは何がいいかと聞いた時には、『いらない』って拒否され続けて、2時間粘ってやっと聞き出したっけ。
その時買った、調理の基礎が載っている《こどもクッキング》の本は、ぼろぼろになった今でも大事に使ってくれてるのを最近知って、ちょっと涙出そうになったとか。


依が小・中学生の時は、養護教諭や家庭科の先生やらにとてもお世話になりました。
俺の代わりに台所に立つようになっていた依は、家庭科の先生からよく色んなレシピをもらってきては作ってくれていたよ。

女の子特有の体の変化が始まった時は、(当時)人生で最大と言っていいくらい焦った。
姉がいるとは言え、年が離れていたし、俺がその存在を知る頃には姉は思春期をとっくに通り越し、家を出ていたし。
それまでの付き合ってきた彼女たちの話から、月1で来る大変なものってくらいの認識しかなかったから、具体的に何すりゃいいのかなんて彼女にも聞けなかった。

恥を忍んで養護教諭に助けを求めたら、ひっそりこっそり、プライバシーを守って色々教えてもらいました。
いい歳した男が、ってすごい恥ずかしかったけど、その節は本当ありがとうございます。
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