Dear Hero
一緒に過ごして9年。
あの日の苦い出来事の後は、依の前ではそんな素振りは見せないようにしていたつもりだったのに。
依が一番。
大事で大事で堪らないんだって伝えたかったんだよ。

でも、俺が思っていたより、ずっとずっと大人になっていたのかもしれない。



『……一人暮らしはそんなに簡単なものじゃないぞ』
『樹くんよりは家の事ちゃんとできるよ』
『…っこんな若い女の子の一人暮らしなんて危ないだろ!?』
『そう言って、昔護身術教えてくれたじゃない』
『そうだけど……』

強い風に吹かれてあちらこちらに暴れまわる黒髪を耳にかけると、くるりと振り向く。


『樹くん。私ね、夢ができたんだ』
『夢……?』
『うん。いつ叶うかわからないし、叶うかどうかもわからない。でも、それまで一人で頑張ってみたいんだ』


義兄さん、姉貴、父さん、母さん。

依は、俺が思っていた以上に強くて優しい子に育ったよ。


『迷惑はかけないって言ったけど、最後だけは、わがまま言ってもいいかな…?』


ばか野郎。
俺がお前のわがまま、聞かないわけないだろ?
わかってて言ってるくせに。


『………言っとくけど、何かあったらすぐに駆けつけるからな。来るなって言われても行くからな。男とか連れ込んでたら俺泣くからな。それから……』
『樹くん。わがまま言って、ごめんね』


謝ってはいるものの、依の表情はとても晴れ晴れとしていて、その日の天気のようだった。




依が15歳の春。
俺と依との二人の生活は幕を閉じた。
< 70 / 323 >

この作品をシェア

pagetop