Dear Hero
中学の卒業式は、3ヶ月も前から上司に根回しして有給を取り付けた。
旅立ちの日にふさわしい、カラッとした気持ちのいい晴天。
卒業式も最後のホームルームも終わり、玄関や中庭でそれぞれが友人との別れを惜しむ中、『帰ろ』と俺の腕をとった依は誰にも別れの挨拶をする事なく、3年間の中学生活の幕を閉じた。
買ったばかりの頃は硬くて鎧のようだったセーラー服も、風が吹くたびに襟がふわりと揺れ、この姿も今日で見納めかと思うと、鼻の奥がツンとした。


『あのね、樹くん』

春特有の強風が、依の言葉をかき消してしまう。

『ずっと前から考えていた事なんだけど』

依は前を見据えたままこちらを見ない。

『高校生になったら、一人で暮らそうと思うんだ』
『……なんで…』
『あの時、樹くんが連れ出してくれた事、本当に嬉しかったんだよ。今日こうやって中学を卒業できたのも、全部全部樹くんのおかげ』

……やめろよ。
嫁ぐ娘を見送る父親の気持ちはまだ知りたくない。


『樹くんの大事な時間、いっぱいもらっちゃったよね』

確かに、学生時代と新社会人時代。
いわゆる楽しい時間はすべて依のために注いできたけど、それは俺が選んだ道だ。
大学生の時、飲み会で出会った名前も知らない女の子を酔った勢いで連れて帰っておっ始めちゃって、しばらく依にドン引いた目で見られてた事だっていい思い出じゃないか。
あれから俺、酒には飲まれてないし女の子とはみんな誠実な付き合いしかしてないよ。
それも、依がいたから変われたのに。


『樹くんには、本当にお世話になったし、すごくすごく大事にしてもらった』

……やっぱり俺じゃ、力足りなかったのかな…


『だから。いつまでも私ばかりが甘えてちゃだめなの』

お前がいつどこで甘えたよ。
いつも一人で頑張りすぎだったじゃないか。
助けられてたのは俺の方だよ。


『今、大事にされるべきは私じゃない』
『………』
『……お付き合いしてる方がいるんでしょ?』
< 69 / 323 >

この作品をシェア

pagetop