秋の月は日々戯れに
あの時は、彼自身もよく分からないままに、自然と手が伸びてしまっていた。
受け取ってポケットに入れた時には何とも思わなかったのが、今こうして改めて見て、嬉しそうにお礼まで言われてしまうと、なんだか熟練夫婦の阿吽の呼吸みたいで恥ずかしい。
「そのココアは、温かいですか?」
「ええ、それはもうとても温かいです。だから是非とも、コーヒーも温かいうちに飲んでしまいたいんですけどね」
その恥ずかしさを誤魔化すようにぶっきらぼうに答えて、ついでにさっき無視されたセリフもここぞとばかりにもう一度口にしたが、彼女はふふっと笑うばかりで手を離してはくれない。
「俺の話、聞いてました?」
「聞いていましたよ。ココアはとても温かいんですよね」
「そこじゃありません!」
のほほんと答える彼女に思わず声を荒らげてから、彼はハッとしたように辺りを見回す。
幸い、不審そうに彼を見つめる人は一人もいなかった。
「気をつけたほうがいいですよ。あなたは今、傍からは一人で歩いているようにしか見えませんから」
確信犯的な彼女のセリフに、まんまとのせられた彼は悔しさで歯噛みする。