秋の月は日々戯れに
「自分で決めたルールのくせに、なんでちゃんと守らないんだよ」
呟いた言葉は、シーツに吸収されてくぐもる。
「勝手すぎるよな……ほんと」
唐突に現れてとり憑いて、散々妻を自称してまとわりついていた自分勝手な幽霊は、別れさえも、唐突で自分勝手。
重たいため息を吐き出すと、いい加減息が苦しくなってきたので、顔をシーツから離して横に向ける。
“あなた”と彼を呼ぶ声が、頭の中に繰り返し流れた。
目を瞑ると浮かんでくるのは、暗がりにぼんやりと浮かび上がる白いワンピースで、ブランコに腰掛ける彼女の姿。
それは、出会った日の光景で、空を見上げる彼女の口元には、柔らかい笑顔が浮かんでいた。
なんだかとっても幸せそうに見えたその笑顔は、今でも鮮やかに思い出せる。
幸せそうに笑っていたのは、きっと彼に出会えたから。
彼に、ビビビっと運命を感じたから。
考え方がメルヘン過ぎると笑ってもよかったが、彼女は本気で、彼との出会いを喜んでいた。
彼の妻としての生活を、大いに楽しんでいた。
――秋の月と書いて、秋月です
一度も呼んだことがない、彼女の名前。
過去の記憶は徐々に消え、ついには自分の名前すら忘れてしまった幽霊が、ようやく出会えた彼の為に、考えた名前。