秋の月は日々戯れに
「あれはあたしのお礼だったのに……」とぶつくさ言う同僚を無視して、彼は早速タクシーを呼ぶ為にポケットに入れていたスマートフォンを取り出す。
電源ボタンを押して液晶にぼわっと光が灯った時、操作しようと近づけた指を遮るようにして、そっと画面の上に手がかざされた。
足とは違って青白いだけで透けていない彼女の手は、彼の視界から完全に画面を隠す。
「何するんですか」
顔を上げて抗議するも、彼女の視線は彼の方を向いてはいない。
「でしたら、お送りします。三人で、駅までお散歩しましょう」
そう言ってにっこり笑った彼女に、彼はあっけにとられて間抜けに口を開け、同僚もまた驚いたようにポカンとしている。
そんな中、一人楽しそうに笑っている彼女は、ようやく振り返って彼を見上げた。
「今日は、満月なんですよ。知っていましたか?」
だからなんだと思いはしたが、彼女がそっと画面の上から手をどけたとき、また暗くなってしまった液晶に再び光を灯す気は、不思議と起きなかった。
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