柚子の香りは手作りの


どうしてこんなこと、こんな日にし始めたんだ私は、と自分に突っ込みながら、かさかさと歩く度に鳴るビニール袋の擦れる音に耳を傾ける。買ってしまったからには、作らなければならない。でも、それを作って私はどうしたいのか分からない。


だって、彼とは連絡を取っていないのに。


もう一ヶ月になる。彼と連絡が取れなくなってから。最後に交わした約束は、今日の午後六時。でも、それ以降一度も連絡がついていないわけだから、その約束が生きているのかすら分からない。


どうしたのだろう。どうして連絡を返してくれないのだろう。それとも、連絡を返せない状況にあるのだろうか。


最後の考えだけは当たってほしくない、と思いつつ、かといって元気でいてくれればそれだけで、とも思えない自分が面倒臭い。いやでもまだ自分は学生で、そう思うには経験も足りないしそもそもそう思うような状況にあったわけでもないから心の準備というものがなかった、なんて言い訳をしてみる。


だって、連絡が取れなくなる直前までは普通だったのだ。本当に、些細な違和感も、第六感が反応するようなこともなく、ただただ普通のやり取りだった。


それでも、多分私は彼のことが好きなのだ。だから前回だってあの精油を使ったし、今回だって、その残りを使おうと思っている。


家に帰ると、出しっぱなしのローテーブルの上に買ってきたものを置いて、途中買ってきたおにぎりで腹ごしらえを済ませた。手を洗ってからスパチュラを探し、小物入れから精油を取ってローテーブルの前に腰を下ろす。スマホを弄って一応作り方を再度検索しながら白色ワセリンを箱から取り出し、百均で買った小さな丸い容器の蓋を開けた。スパチュラで八分目くらいになるようにワセリンを移すと、そこに精油を十滴。くるくると精油がきちんと混ざるまでかき混ぜて、完成。


なんてことはない、ただの練り香水だ。


どうしても肌の弱い私は、へたに市販のものを買うのを躊躇ってしまう節があった。大丈夫だろう、とは思ってもなかなか踏み切れないものだ。だから香水も、ずっと使ったことはなかったのだけれど、いつだったか彼と旅行に行ったときに見つけた練り香水がどうしても気になって。買うのを迷っていた私に、そう、彼が言ったのだ。作ってみたら、と。


訊けば、彼のお姉さんも肌が弱い方で、ワセリンをよく使っていたらしい。元々医療機関でもよくつかわれるワセリンは、私の肌でも使えるものだった。それを知っていた彼は、お姉さんが練り香水を手作りしているのを教えてくれたのだ。簡単だからと言って、お姉さんから聞いてくれた作り方と一緒に。


忘れたくない。まだ、私は彼が好きだ。だから忘れないように、彼が教えてくれたものを作ろうとしている。


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