柚子の香りは手作りの


ねえ。どうしてきてくれないの。ずっと待ってるのに。今まで約束破ったことなんてなかったのに、どうして。




「……っ、ごめんっ……!」




聞き慣れた声、落とされた言葉、ふわりと香る柚子。


ぱっと顔を上げる。目の前に私と同じようにしゃがみ込む彼の姿が目に入る。どうして、と先程とは違う意味の言葉が口から零れ落ちた。苦笑した彼が私の名前を呼ぶのを聞きながら、信じられなくて何度か目を瞬かせる。


「……ゆう、や?」

「うん。ごめん。本当にごめん」

「……ほんとうに、柚哉?」

「そうだよ柚哉だよ、不安にさせてごめんね、咲和」

「……香り、どうして、」

「嗚呼、これ、咲和が置いていったやつ、……っ」

「柚哉のばかぁ……っ!」


ぶわり、と涙が溢れる。目の前の彼に飛びつくと、受け止めきれなかった彼と一緒にアスファルトの地面に倒れ込んだ。触れた手首は骨ばっていて、その細さに驚いて目を見張る。よいしょ、と片手をついて身体を起こした彼に、地面に座り込んだままぎゅうっと抱き込まれて、心拍数が跳ね上がった。


「会いたかった……」


しみじみと零された言葉。ひそひそと私たちを噂する声が聞こえる。それよりも湿っぽい彼の声、その頬に自分の頬を寄せると、冷たいものが私の頬に触れた。


「不安にさせてごめん。でも咲和にはどうしても言えなくて、心配かけたくなくて、ごめん。……実は、入院、してて。でももう大丈夫だから、遅くなってごめ……っ」

「なん、で」

「……え、」

「何で言ってくれなかったの、どうして急にいなくなるなんてこと、したのっ……ずっと不安だった、どうしてって、もしかしてって、ずっと、不安で、心配で、……っどっちにしろ、心配するなら、ちゃんと柚哉の傍にいたかった。……でもっ」


ぐい、と身体を話して彼と視線を合わせる。きょとんとした彼の頬には涙の跡。きっと私も人のことなんて言えないのだろうな、と思いながら、それでも精いっぱいの笑顔で、私は彼に笑いかけた。


「きてくれてありがとう、約束守ってくれてありがとう。私は、っやっぱり、柚哉が好き、だって思って、っ」

「咲和」


堪えきれなくなった涙が頬を伝う。今度は彼が大きく笑って見せるのに、無理やりに口角を吊り上げる。私の頬に手を添えた彼が震える唇を落ち着けるように口づけを落としてきて、ぽかんとする私に今日一番待っていた言葉を、渡してくれた。


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