柚子の香りは手作りの


曲を聴く気にはなれなくて、申し訳程度に差し込んでいたイヤホンを引っこ抜く。ざわざわとした駅前のざわめきが、一人ぽつんと佇む私には嬉しい。時計は五時四十五分前をさしていて、流石に早く来すぎただろうかと思いながらいつも待ち合わせで使う場所に立って、人の行き来を眺めた。


クリスマスまではまだひと月ほどあるが、世の中ハロウィンが終わればもうクリスマス一色。そこまで大きくないこの駅にも、申し訳程度のイルミネーションがきらきらと輝いている。季節感を感じられるそれは意外と嫌いではない、寧ろ幸せの象徴みたいに感じられて、今までは、少なくともひと月前までは気にならなかったのに、今は少し辛いような気がした。


ただ一人待っている時間は、長い。かといって、何かする気にもなれない。


連絡の来ないスマートフォンを握り締めながら、壁に背中をもたれさせる。こうやって来るかどうかも分からない人を待つことになるなんて思わなかったな、と自嘲しながら往来から視線を逸らした。どこの少女漫画の主人公だ、とツッコミを入れながら、それでも帰ろうとは思わない。きっと漫画の主人公たちもこんな気持ちだったのだろう、来てくれるだろうかと不安になりながらももし来てくれたらと思うと帰れなくなってしまう、そんな気持ちに。


ぽつり、と小さく彼の名前を零してみると、手首につけた練り香水がふわりと香った。近くを人が通って風の流れができたらしい、唐突に泣きそうになったのを堪えてイルミネーションに視線を向けると、滲んだ涙で視界がぼやけていた。


「……どうして」


どうして、来ないの。


いつの間にか時刻は約束の六時を回っている。一回だって遅刻したことのない彼が遅くなるなんて、普段ならあり得ないのに。そもそも連絡が取れていない状況で普段なんて言葉は通用しないのは分かっていても、それでも約束を破ったことのない彼が来ないこと自体が異常なことだと思った。


途端に押し寄せてきた不安に耐え切れなくなって、思わずその場にしゃがみ込んだ。周りの人々が訝しげに、邪魔くさいように、奇異の目で見てくるのが分かる。それから逃げるようにマフラーに顔を押し付けて、視界を限界まで遮った。隅っこだからけられることはないだろう、と投げやりになりながら、滲んだ涙はマフラーに吸わせて。


もう一度、彼の名前を口にする。じんわり滲む涙と共に、声が震えるのが分かる。多分、限界なのだ。一ヶ月も連絡を取らないなんて、初めてのことだったから。


どうすればよかったのだろう。連絡が来ないな、と思ってすぐにメッセージを入れればよかったのだろうか。忙しいのだと思って遠慮してしまったのが悪かったのだろうか。だからその後連絡が来なくても怖気づいてしまって、メッセージを入れづらくなってしまって、ずるずるとここまで来て。


< 4 / 6 >

この作品をシェア

pagetop