今宵、エリート将校とかりそめの契りを
総士の自宅は銀座からもほど近い、築地の外れの住宅街にある。
江戸時代には将軍家の旗本を務めた、指折りの武家の血を汲む先祖から受け継いだ広大な敷地。
数年前までは純日本家屋の平屋だったが、流行りを取り入れ、洋館に建て直された。


ルネサンス様式を基調とした、白亜の壁に幾何学模様のハーフティンバーの構成が美しい、豪奢な三階建ての建物。
屋根中央の小さな頂塔は少し離れた場所からも望め、方向を見失った時の目印にされることもしばしば。
古くから続く由緒正しい名家が多いこの界隈でも、一際目立つ家構えだ。


パレードから離れた総士は、一度陸軍省に戻り、名取家家長である父の秘書役で、自身の側近でもある小暮忠臣(こぐれただおみ)に迎えを命じた。
忠臣が運転する自動車で帰宅すると、総士は琴を連れて屋敷に入った。
ここに来て抵抗を見せる琴を『逃がすな』と女中頭に任せ、自分は忠臣を伴い、一階奥の執務室に向かった。


二十畳ほどの広さがある執務室は、左右両壁に書棚が据えられている。
和書から洋書まで、棚は分厚い本でぎっしりと埋まっている。
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