今宵、エリート将校とかりそめの契りを
「えっ……」


出鼻を挫かれた上に、彼が淡々と告げた言付けを聞いて、琴は思わず絶句した。
そんな彼女の様子を面白そうに眺め、忠臣は黒縁眼鏡の向こうの目を狡猾に細める。


「昨夜は眠れませんでしたか。目が赤い」


琴が声をかけた理由くらい、彼は見抜いているのだろう。
どこか含んだ言い方に気付き、琴は思い切ってグッと顎を上げた。


初対面の時から、忠臣には怖いという印象しかない。
そんな彼の前で、怯みそうになりながら、一歩前に足を踏み出す。


「小暮さん。総士さんに、なにを報告したのですか」


琴の質問に、忠臣はピクリと眉を動かした。
そして、ふっと意地悪に口角を上げる。


「深夜の夫婦喧嘩の原因は、やはりそこでしたか」

「ふ、夫婦喧嘩って!」

「門を隔てて、奥方様と若い男が深刻な面持ちで話をしていた……。女中頭から伝え聞いた通り、一語一句そのまま報告しましたが?」


勢い込む琴を、忠臣は表情も変えずにサラリと言って遮った。
それには、琴もゴクリと喉を鳴らす。


「もちろん、それが誰かもなにを話していたかも、私は存じ上げませんが」

「本当に……それだけ?」


琴はまだ不信な思いで、念を押すように確かめる。
そんな彼女を交わすかのように、忠臣は小首を傾げた。
< 113 / 202 >

この作品をシェア

pagetop