今宵、エリート将校とかりそめの契りを
混乱した様子で瞳を揺らす琴を見下ろし、忠臣はふっと小さな吐息を漏らす。


「総士様を信じるお気持ちが少しでもあるのなら、今夜は来るなと言われても、総士様の寝室にお行きなさい」

「小暮さん」

「……総士様は、奥方様が思われるよりずっと、お優しい方ですよ」


忠臣は見たことがないくらい優しい微笑みを浮かべて、今度こそ琴に背を向けた。
怖いとしか思っていなかった忠臣の笑顔に虚を衝かれ、琴は何度も瞬きをした。


すぐにハッと我に返り、ドアを開けて玄関ポーチに出て行く背中に、取り繕うように「行ってらっしゃい」と声をかける。
それには返事はないまま、琴の目の前で重厚なドアが閉まる。


(悪意……嫉妬……)


まるで謎かけのような忠臣の言葉を頭の中で反芻して、琴の胸はドキドキとゆっくり加速し始めた。
ほとんど兄弟のように育ったという忠臣にも謎だと言うなら、総士がなぜ酷い誤解をしたか、琴にはわからない。
しかし。


「……私だって知ってるわ。総士さんが優しい人だってことくらい」


自分の口で誰にともなく呟くと、琴の胸がきゅんと疼いてときめいた。
煽られるように高鳴る鼓動が、彼女の頬を朱に染める。


昔からよく知る正一の言葉を信じるか。
仮初めの夫の、総士の優しさを信じるか――。


琴の心はざわめき、嵐のように荒れ乱れた。
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