今宵、エリート将校とかりそめの契りを
その日一日中、琴は忠臣に言われたことを考えていた。


何年も前から家族ぐるみで親交のある正一ではなく、まだ出会ってほんのわずかしか経たない総士の方を信じるかと問われれば、それは『否』である。
しかし、忠臣に言われずとも、琴は総士の優しさを身を以て知っている。
それを疑うつもりはない。
ならば、琴の身を案じてくれたという彼を信じて、歩み寄ってみるべきなんじゃないだろうか――。


散々頭を悩ませて、琴は意を決した。
忠臣に言われた通り、総士の帰りを待とう。
どんなに彼が遅くなろうとも。


決意を固めて夜着を纏い、いつもと同じように総士の寝室に向かった。
続き間のソファに座り、時計の秒針が進む微かな音にも緊張を煽られながら、鼓動を昂ぶらせていく。


窓の外の夜の闇が、濃くなっていく。
琴の胸の不安は、夜露を含むかのように、じっとりと重く質量を増していく。
昨夜の総士の剣幕を思い出し、気持ちが怯みそうになるのを、必死に堪えた。


(どうしよう。今日も怒らせてしまったら……)


ソワソワする自分を叱咤するように、琴は勢いをつけてソファから立ち上がった。
女中を呼んで、お茶でも淹れてもらおう。
そう決めて、総士の机の上の呼び鈴に手を伸ばしたその時。


「……?」


なにやら階下から声が聞こえた。
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