今宵、エリート将校とかりそめの契りを
「大変! 誰か、かかりつけの本庄先生に使いを!」


いち早く我に返った女中頭が、キビキビと男の使用人に命じた。
その声を聞きながら総士に駆け寄った忠臣が、彼の軍服の前を引きちぎるようにして開く。
忠臣が総士の服の肩を抜くと、彼の引き締まった上半身が露わになった。


その肩口にはっきり見える大きな切り傷に、叫びそうになるのを、琴は必死に堪えて飲み込む。
両手で口を押える琴の前で、忠臣はてきぱきと止血を始めた。
傷口に当てた白いハンカチーフは、みるみるうちに真っ赤に染まる。


「総士様。これはどこで?」


破いた軍服の袖を肩にきつく結びながら、忠臣が険しい口調で訊ねた。
総士は眉間の皺を深めながら、「門の外」と答える。


「門に手をかけた時、一瞬油断した」


それを聞いて、忠臣は忌々しそうにチッと舌打ちをした。
彼の視線が一瞬確かに自分に向けられるのを感じて、琴はビクッと肩を震わせる。


「とにかく、お部屋へ」


忠臣はすぐに琴から目を逸らし、他の使用人の手を借りて総士を立ち上がらせる。
男二人がかりで総士の左肩と右脇を支え、階段に歩いていく。


「あ……」


騒然としたまま、屋敷内の空気が緊迫して動き出す。
それを肌で感じながら、琴は両手を胸にギュッと押し当てた。
しかしすぐに顎をグッと上げて、階段を上っていく総士の背中を追いかけた。
< 121 / 202 >

この作品をシェア

pagetop