今宵、エリート将校とかりそめの契りを
「どうしたんだ? 琴! どうして急に……逃げ出してきたのか!?」


突然現れた琴に驚きを隠せない様子で、正一は矢継ぎ早に訊ねてくる。
琴は表情を強張らせて、そっと顔を上げた。


「で、でも大丈夫だ。安心しろ、琴。早速父さんと母さんに話すから、今夜からうちで一緒に暮らそう」


正一が気が急いたように琴の肩を掴んだ。
勢いに任せた力に加減はなく、琴は思わず眉をしかめた。
しかし、すぐに黙って首を横に振る。


「いいえ、正一さん。私はちゃんと名取家に戻ります」

「え?」


正一は意表を衝かれたように目を丸くした。
彼の手の力が緩む。


琴はその手を掴み、自分から離させた。
彼の手が、力なくダランと下がる。


「なんで? せっかく逃げ出せたのに」


信じられないといった様子で、正一は首を捻った。
琴は彼から目を逸らし、顔を俯かせる。


「逃げてきたんじゃないの。黙って来てしまったから、戻らなければ総士さんが心配するわ」

「こ、琴、君はこの間からなにを言ってるんだ? 名取中尉が心配するなんて、そんなこと気にする必要ないだろ。もちろん、戻る必要も。中尉とはすぐに離縁させてやる。だからこのまま俺と……」


留まると言わない琴に焦れた様子で、正一が声を上擦らせる。
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