今宵、エリート将校とかりそめの契りを
それを琴は、凛と張った声で遮った。


「いいえ、正一さん。私は総士さんと離縁はしません」

「えっ……?」


正一は、グッと言葉に詰まった。
彼は激しい困惑に、瞳を揺らしている。


(選択肢がなかったとは言え、総士さんの妻になると決めたのは私。総士さんも、生涯で私が最後の女でいいと言ってくれた)


初夜で総士がそう言ってくれたことを思い出し、琴の頬はポッと赤く染まった。
そんな琴の様子は、正一の目にはどのように映ったのだろう。
彼は驚愕に目を見開いたまま、早口で畳みかけてきた。


「それで、琴。まさか君は、こんな卑怯な結婚で……中尉の妻として、一生寄り添うつもりなのか?」


まるで地の底を這うような低い声に、琴はゾクッと背筋を震わせる。


「これっぽっちも愛せない男に、この先一生?」


それでも正一のその言葉は、琴の胸に引っかかった。


(これっぽっちも、愛せない……?)


自分自身に問いかけると、琴の胸はトクンと小さな音を立てた。
それを皮切りに、ドキドキと速くなっていくのが、自分でもわかる。


(いいえ、私は……)


琴は思わずギュッと胸元を握りしめた。
しかし、自分の心を確かめただけのわずかな沈黙の間も、正一の焦燥感を刺激してしまう。
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