今宵、エリート将校とかりそめの契りを
「だ、ダメ。私は大丈夫。大丈夫ですからっ」


ギュッと腕を抱きしめ、強く首を横に振る琴を見遣り、総士は無言で溜め息をついた。
琴に止められるがまま足を止め、尊大に正一を見下ろす。


わずかな逡巡の後、目を伏せ、総士は彼にくるりと踵を返した。
完全に腰を抜かした正一が、何度も瞬きをしながら見上げる中、


「俺が貴様を罰しても、琴は喜ばない。琴に免じてこの件は不問に付すが、彼女のことは諦め、二度と近付くな」


総士はそう言って、琴の肩をグイと抱き寄せた。


「あっ」


総士の腕の力強さに足を縺れさせながら、琴は彼の傍らに寄り添う。
と同時に、総士の腕にさらに力がこもった。


「次があることは許さん。……行くぞ、琴」


そう言い捨て、総士は琴をつれて蔵の外に向かって歩いていく。


「は、はい……」


すぐ頭上の総士の顔は、この上なく不機嫌に歪んでいるが、琴はトクントクンと胸を高鳴らせた。
見上げていると苦しくなり、目線を下ろして正一を見遣る。


正一はがっくりとこうべを垂れてうなだれていた。
地面についた手で、砂利をギュッと握りしめている。


小刻みに震える拳に胸は痛むが、琴はしっかり正一から目を逸らし、総士と共に蔵から出た。
< 172 / 202 >

この作品をシェア

pagetop