今宵、エリート将校とかりそめの契りを
「大日本帝国陸軍第三師団副官、名取総士(なとりそうし)中尉殿っ!!」


馬上の将校の眉尻が、ピクリと上がった。


この時になって初めて表情を変化させた彼が、わずかに首を動かし、背後に目を遣る。
人垣を掻き分け、前列まで進み出た袴姿の女学生が、彼の視界に映り込んだ。


聡明な印象を与える広く形のいい額。
黒目がちの瞳に強い憎しみの色を滲ませ、女学生は将校の騎馬の目の前に躍り出た。


彼女に気付いた警官が、「おい!」と言って制そうとした。
それを止めるように、将校が馬の手綱を引く。


「いかにも俺が名取総士だが。お前は?」


そう名乗った将校……総士は馬を止め、その足の向きを変えた。
馬上から尊大に見下ろされた女学生は、エリート将校を目の前にしても怯む様子もなく、その黒くつぶらな瞳にますます力を込める。


「早乙女琴(さおとめこと)。中尉殿と同じ第三師団に所属していた軍曹、早乙女顕清(あききよ)の妹と言えば、おわかりになるでしょう」


腰まで伸びた長く美しい黒髪を振り乱し、声高らかに名乗りを上げる女学生に、総士はわずかに眉を寄せた。


「ほう。早乙女の……」


総士はその名に反応を示し、その場で馬から降りた。


「早乙女軍曹は残念だった。お悔やみ申す」


そう言いながら、総士は琴に対峙した。
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