やく束は守もります


後ろをついてくる足音に、香月は緊張してしまい、バッグから鍵を取り出すことさえうまくできなかった。
ドアが開いてホッとしたけれど、大事なことに思い至る。

「ごめん!ちょっとだけここで待ってて!」

正方形の小さな玄関に梨田を残し、扉で仕切られたワンルームに飛び込む。
飲みかけで放置していたカップをシンクに運び、適当にかけてあったベッドカバーをきれいに整え、枕元に散乱してあった雑誌はまとめてベッドの下に突っ込んだ。
テーブルを拭き、床に転がっていたボックスティッシュをチェストの上に乗せたところで、それ以外は諦める。

「・・・どうぞ」

寒さなんて感じる間もない時間だった。
点火まで少し時間のかかるファンヒーターから、ようやく熱風が出てくるまでの、わずかな時間。

「おじゃまします」

「ここに座って。今お茶淹れるね」

一応上座である窓際を示すと、梨田は何も言わずそこに座った。
香月が慌てて片づけていたことなどわかっているだろうに、それには触れず、辺りを見回すこともしなかった。

梨田に背を向けて、香月はやかんを火にかける。
コーヒーメーカーで落としたコーヒーよりも、熱々のお茶の方がいいと思ったからだ。
急須に玄米茶の茶葉を入れ、しばらく使っていなかった来客用の湯呑みを用意すると、もうすることがない。
思い出して袋入りの唐辛子せんべいを器に用意したけれど、あとはチリチリと音がするだけのやかんを見つめるしかなかった。

背後に、自分の生活空間に、梨田がいる。
意識的に呼吸しないと、息さえ止まってしまいそうだった。

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